昔は大嫌いだった兄の行方を知りたがる自分が不思議だ。
理解のできない自分の心情にぼんやりとするツバサに焦点を合わせ、安績が、本当にあっさりと口にする。
「鈴ちゃんは、もういないわ」
それは至極あっさりと、まるでなんでもない事のように聞こえた。ツバサは言葉の意味が理解できなかった。
「え?」
聞き返すツバサを見つめたまま
「鈴ちゃんは、もうどこにもいないのよ」
「え? どこにも?」
どこにも?
「もうどこにも。この世のどこを探しても、もう鈴ちゃんはいないの」
諭すような物言いに、ツバサは自分の身が硬直していくのがわかった。
「そ… れって」
病気とか? と聞こうとするツバサの言葉を、安績が珍しく強引に遮る。そんな質問など、させる意味がない。
「自分で命を絶ったそうよ」
「嘘っ!」
その叫びは無意識だった。無意識に叫び、片手を口に当てる。
「うそ」
「本当よ」
「どうして?」
「それはわからないの。私も聞かされてはいない。魁流くんの話だと、唐渓での生活が原因だったのではないかとも思えるのだけれど」
でもこれは私の単なる憶測だからね と付け足し、再び視線をブロック塀へ戻す。
「今まで隠していてごめんなさい。でもね、鈴ちゃんがどうしてそのような行動を取ったのか、その理由が定かではないから、だから悪戯に事実だけを伝えるのもどうかと思って。でもあなたになら、もう話してもよいのかもしれないわね。なにより、鈴ちゃんや魁流くんと同じ唐渓高校へ通っているのですもの」
そうしてゆっくりと、瞳を閉じる。
「そう、ツバサちゃんも、鈴ちゃんと同じ歳になったのね」
哀愁の中に、思慕のような愛おしさを含めた声が静かに響く。
鈴さんが、あの鈴さんが自殺した。
聞いた瞬間、脳裏に浮かんだのは兄の顔。
兄の失踪は、それが原因なのだろうか?
大きく動揺するツバサの腕を、安績がそっと握ってから撫でる。
「でもこの事は、シロちゃんには言わないでね」
「え?」
「あの子にはまだ刺激が強すぎるわ。あの子はまず、自分の自立を優先させなくては」
その言葉に、ツバサはなんとか無言で頷く。
確かにシロちゃんには刺激が強すぎるかも。今はまだ澤村優輝の件で不安的になっているだろうし、それでなくてもまずはこの施設から自立するのが一番だ。
美鶴との事もあるだろうし―――
そんなツバサの脳裏に蔦の声がグワンと響く。
「お前さ、大迫美鶴の家の場所とか、知ってる?」
知らないと答えるツバサに、蔦康煕は率直に伝える。
「調べる事ってできるか? 田代さんがさ、大迫に会いたがってんだ」
里奈の名前に動揺するツバサ。蔦康煕は慌てて言葉を付け足した。今朝、ツバサに会いに来た事。偶然にも田代里奈と会った事。里奈が美鶴の家を探そうとしている事。
偶然会った? 本当に? だいたい、美鶴の家の場所が知りたいのなら、シロちゃんはなんで最初っから自分に聞いてこないんだろう?
そう疑ってしまいながらも、その気持ちをコウへぶつけることのできないツバサ。素直に頷き、調べてみると返事する。調べて、自分から里奈へ知らせると言うツバサに、コウはホッと柔らかく笑った。
その笑顔に、なぜだか胸が苦しくなる。
自分は黙って、コウを信じていればいいんだ。そうすれば、もう喧嘩をしたりグタグタ悩んだりする必要はない。
本当に?
胸の隅が、チクリと痛い。
本当に自分はこのままでいいの?
「安績さん」
ツバサは、なぜだか痛みの走る瞳を上へ向け、呟くように安績を呼んだ。
「なに?」
「私、お兄ちゃんに会いたい」
昔は嫌いだった。大っ嫌いだった。兄さえいなければ母の愛情は独り占めできるのにと恨んでいた。
そんな兄に、今は会いたい。
「お兄ちゃんに会って、聞きたい事があるの」
お兄ちゃん、あなたはどうしてそんなにも真っ直ぐなのですか?
自分も兄のようになりたい。
顎をあげて、グイッと空を見上げるツバサに、安績は目尻を緩ませる。それは笑っているようでもあり、だが哀しそうでもある。
「ごめんなさい。本当に私は何も知らないのよ」
だが、そこで視線を落し、目の前の蔓草を凝視する。そうして、まるで独り言のようにボソリと呟いた。
「でもあの人なら、何か知っているかもしれないわね。えっと名前は、小窪…… 智論」
「え?」
見下ろすツバサの視線に反応する事なく、安績は瞳を閉じて必死に記憶を手繰り寄せる。
「鈴ちゃんが亡くなった時、こちらを尋ねて来た子なの。二度ほどだったから顔もあまり覚えてはいないけれど、名前は確か小窪智論。その時はまだ魁流くんが居て、彼に会いに来たみたいだった」
「お兄ちゃんに?」
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